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Kogumasaka

【連載:あなたの知らないITIL】(1)重大インシデントを招く組織のカルチャとは

みなさん、こんにちは。HPE教育サービスの小熊坂です。

普段お客様向けにITIL🄬トレーニングの講師を担当しています。より多くのお客様にもっとITILの重要性を理解していただきたいと思い、この場を借りて記事を連載させていただこうと思っています。全6回を予定していますが、まず初回は「重大インシデントを招く組織のカルチャとは」と題して、ご説明させていただきます。ぜひこの連載でITILのことをもっと知ってもらえると嬉しいです(物足りない方はぜひ弊社のITILトレーニングをご受講ください)。

ITILはサービスマネジメントのベストプラクティスとして世界中で広く採用されているフレームワークです。最新のバージョン4では、アジャイルやリーン、DevOpsなどの概念を取り入れ、デジタルトランスフォーメーションにも役立つものになっています。

本題に入ります。

1977年3月、スペイン領カナリア諸島の空港で2機の旅客機が同じ滑走路に侵入しました。管制塔から離陸の許可を得たパンナム機と、許可を得たと“思いこんでいる”KLMオランダ航空機です。霧が濃く、管制塔も両機も滑走路の様子を視認できません。

滑走路.jpg

両機は向かい合って滑走し衝突しました。500名以上の犠牲者を出した史上最大級の事故で、空港の名前から「テネリフェの悲劇」と呼ばれています。様々な状況が重なって発生した事故ですが、KLM機が判断を修正できれば避けられた可能性がありました。

経緯

事故にいたる流れを追います。

No

実行者

行動

ポイント

1

パンナム機とKLM

離陸の許可を待機

 

2

管制塔

パンナム機の離陸を許可

 

3

パンナム機

滑走路で離陸体制に入る

 

4

KLM機の機長

滑走路に入り、前進操作を開始

この時、まだ管制塔からの離陸許可は出ていない

5

KLM機の副操縦士

離陸許可が出ておらず、前進が早すぎることを機長に指摘

管制塔に離陸の許可を確認

上司の間違いを指摘

6

管制塔

KLMの ”飛行”計画を許可

管制塔は“離陸”という言葉は使ったが、離陸の“許可”を明確に伝えていない

7

KLM機の副操縦士

離陸許可の復唱を開始

 

8

KLM機の機長

副操縦士の復唱をさえぎって、離陸操作を開始

副操縦士は機長の行動に沈黙

機長の行動を修正できれば事故は避けられた

9

パンナム機

管制塔に、滑走路を“出たら”報告する、と連絡

KLM機はこの連絡を聞いている

10

KLM機の機関士

機長に対して、パンナム機がまだ滑走路にいる可能性を指摘

上司の間違いを指摘

事実、パンナム機は滑走路におり、離陸中だった

11

KLM機の機長

強い口調で機関士の指摘を否定

離陸を継続

機関士は機長の行動に沈黙

機長の行動を修正できれば事故は避けられた

12

パンナム機とKLM

正面衝突

 

 

KLM機はなぜ判断を修正できなかったのか

副操縦士は表のNo5で、機関士はNo10で一度は機長の判断の修正を試みています。No8No11でも機長を抑制する機会がありました。しかし、二人とも沈黙してしまいます。なぜでしょうか。

KLMの機長は同社のシンボル的な存在で、機内誌の広告に写真が載るほどの人物です。安全責任者で操縦のトレーナでもある彼にはパイロットに免許を交付する権限があり、この日の副操縦士もこの機長から操縦能力のテストを受けています。またこの日、予定の変更、遅延、悪天候などで機長は苛立っていました。これらの事情が二人のクルーに与える心理的影響は容易に想像できます。重ねて反対した結果、機長の逆鱗に触れることを恐れ、萎縮してしまったのではないでしょうか。機長の持つ絶対的な権威に逆らうことで自らに降りかかるリスクを、“何もしない”ことで回避したと考えられます。事故後、パイロットのトレーニングは刷新され、クルーの判断を重視し、機長はその意見に耳を傾けるよう促すものになりました。

これは単なるコミュニケーションの問題、勇気のなさ、パイロットのミスなどの、特定の人物の責任にして片づけるべき問題ではありません。これはカルチャの問題です。

2023年、日本のある製造業で不正が発覚しました。第三者委員会の調査では、内部通報をしても、隠ぺいされるか、あるいは誰が通報したのかといった犯人探しが行われるだけとの従業員の証言が明らかにされています。内部通報にはそれなりの勇気が必要と思われますが、あべこべに非難の目を向けられてはたまりません。

発言のリスク(叱責、非難、恥、報復人事、減俸など)が大きいと、人は黙っていた方が得だと考えるものです。目上の人の間違いの指摘はもちろん、とりわけ自らの失敗やミスを言わなくなります。ミスを放置することにより組織が抱えるリスクよりも、それを報告したときのペナルティを恐れて隠ぺいするようになると、組織は自己修正能力を失うのです。

2005年の福知山線脱線事故。当時、運転士がミスをするたびに懲罰的な処分が科されており、大きなストレスになっていました。事故当日も、ミスを隠そうとした運転士の行動が脱線につながったことが指摘されています。

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セーフティ・カルチャ

発言のリスクのない職場にする必要があります。上司や同僚に気兼ねなく意見でき、自らのミスさえ進んで共有することが推奨されます。間違いは学びの機会とみなされ、誰もが隠し事をしない。そのような組織では、誤りはすぐに報告、修正され、教訓となります。

セーフティ・カルチャという概念があります。心理的安全性とも言われます。ITILの書籍では「人々が自分らしく(自分を表現して)快適に過ごせる環境の育成」と定義されています。過度な縦社会、ハラスメント、理不尽な処遇はありません。仕返しや非難を恐れることなく、何でも言える安心感がある環境です。

ボイスレコーダーに残されたKLM機内の会話は、そこにセーフティ・カルチャがなかったことを示しています。前述の脱線事故や製造業の不正など、重大インシデントや不祥事には必ずと言ってよいほど、セーフティ・カルチャの欠如が潜んでいます。

セーフティ・カルチャでは間違いのペナルティが小さいので、従業員は失敗を恐れなくなります。その結果、いろんなアイデアを試す空気が生まれ、イノベーションが起きやすい企業風土が生まれます。セーフティ・カルチャは、組織のリスクを軽減するだけでなく、新たな価値を創造する上でもとても重要です。

詳しくはITIL研修で

ITILでは、セーフティ・カルチャを重要視しています。

HPE教育サービスでは、ITILの研修を幅広く提供しています。詳しくはこちらをご参照ください。

https//education.hpe.com/jp/ja/training/portfolio/itsm.html

セーフティ・カルチャは以下の研修で解説しています。

  • HU0C4S ITIL® 4 スペシャリスト ハイベロシティIT<含認定試験> (HVITHigh-Velocity IT)

 

教育サービス部トップ:

http://www.hpe.com/jp/education

参考文献

エイミー・C・エドモンドソン; 村瀬俊朗. 恐れのない組織――「心理的安全性」が学習・イノベーション・成長をもたらす. 英治出版株式会社. Kindle .

「テネリフェ空港ジャンボ機衝突事故」 『フリー百科事典 ウィキペディア日本語版』 2025112 () 12:56 UTCURL: https://ja.wikipedia.org

JR福知山線脱線事故」 『フリー百科事典 ウィキペディア日本語版』 2025110 () 05:02 UTCURL: https://ja.wikipedia.org

日本経済新聞 「企業不正、再び増加  内部通報が機能不全」 20241021

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Takashi Kogumasaka
作者について

Kogumasaka

I am a trainer of ITIL and a PeopleCert Ambassador.